当永代墓の特長 |永代墓?利用料金 利用規程質問・疑問

Q.

A.『歎異抄』には、「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず。そのゆゑは、・・・」とある。これを、親鸞の祖先供養の否定の証拠のように解釈される僧侶が多い。親鸞が、ここで、わざわざ先祖供養を否定するのは、逆に当時でさえ、仏教を先祖供養として解釈していた人たちが、いかに多くいたことを示している。

 日本に入ってきた仏教は純粋なインド仏教ではなく、中国で何千年と育まれてきた道教、儒教の影響を受け、今日の先祖供養、葬法に大きな影響を与えていることは、冷静に、日本の仏教の歴史を振り返れば簡単に理解出来るのだが、残念ながら、『真宗聖典』しか読まない、僧侶には、全く届いていないのである。
 日本人は、先祖崇拝を否定する宗教とは、根本的に馴染まないのではないでしょうか?。仏教も「方便」として妥協している。先祖供養や墓は、本来の仏教や親鸞の教えとは、無関係なので、不要であり、親鸞聖人の『本願念仏』に生きる事こそ、真宗であると、言われる僧侶もあります。

 ほんとうに、そうでしょうか?、我々の祖先が1000年以上にわたって培ってきた先祖への想い、追善の心を大切にし、それを子孫に伝えていく事は現代の我々に与えられた責務であると同時に、日本人の遺産ではないでしょうか。
 『死んだ人より、生きている自分たちの事を大切にしなさい』そんなフレーズを時折、僧侶の口から聞きます。 まるで、亡くなった親や先祖のことは放っておいて、自分達の幸せだけを求めよと言っているように、小生は聞こえます。本当に未来の子供の事を考えているのでしょうか?。我々のご先祖や親のお陰・苦労があって、今の生活が有るのではないでしょうか?亡くなった仏様には心から感謝をし手を合わせ供養する心を、未来を担う子供達に伝えるのが、今生きている者の勤めではないだろうか?
 お墓や仏壇は、供養する心の無い者にとっては、無用の物でしかない、しかしご先祖の幸せを願い供養の心を持っている者にとって、大切なものである。生まれ故郷を離れていても、お盆には、先祖の墓参に帰省する心を多くの日本人は、今でも持っている。その心を大切に次の時代に伝えたいものである。『お墓』は親から子へ、子から孫へと受け継がれてきた。切り離す事のできない『ご縁』を『お墓』は教えてくれるのではないでしょうか。

 本願寺派僧侶で元大阪大学教授の大村英昭氏が、『葬儀や先祖供養等を実際にやっている真宗(寺院)の現場(フィールド)に立脚した、新しい教学を確立すべきである。親鸞聖人の著述の解釈や信仰を中心とする宗学だけでは、一宗の教学としては不十分なのではないかのか』と提言されています。小生は、大いに傾聴に値する意見だと思います。